とある雑居ビルの一室に、青年と男がいた。
その青年は、絶望に満ちた表情でベッドの上で寝ていた。いや、寝ているのではない。両手両足をベッドの左右の柵に縛られて、腰をベルトでがっちりと拘束されていた。
青年はAIの基幹技術を盗むべく依頼を受け、産業スパイを任されていた。だがとある失敗により、その存在が明らかにされ、こうして捕まったのだ。
青年は捕まってしまった焦りからか、ふぅふぅと荒い息遣いをして落ち着かない様子でベッドに縛り付けられている。
そんな青年の様子を気にすることもなく男は話した。
「お前はここで消えてもらう。この機密を知られたからには、な。うちのグループが総力を挙げて開発した技術だ。おまえらにはやらん。」
「さて。どんな風に消してやろうか?」
男はおもむろに部屋の片隅にある白い箱を開け、一本の細い注射器を取り出した。
注射器を持って戻ってきた男は、それを近くにある台の上にそっと置く。
手足が縛られているため、青年が来ていた黒いセーターを切って脱がす。
「ほう…なかなかいい体じゃないか。発達した大胸筋、寝ていてもわかる腹筋。体の厚みもある。よほど鍛えたんだな?」
青年は何も喋らず、相変わらず荒い呼吸をしながら男を睨む。
ためらいなく男は注射器を持ち、男の首にあてた。慣れた手つきで針を刺し、中身を注入する。
青年は痛みで一瞬顔をしかめた。
そして中身が空になった注射器を捨て、男は続けた。
「これはな、皮膚組織のコラーゲン……つまり結合組織を脆くするための薬だ。世には出ていない、うちオリジナルの薬だよ。それ以外の副作用はないから、安心しろ。」
直後にわかることになるが、この時青年はそれが何を意味するかは、わかっていなかった。
男はナイフを取り出し、おもむろに青年の鎖骨の中心、およそ心臓の少し上に当てる。
青年は明らかに怯えた顔に変わり、震えた声で話す。
「ヒッ…な、…なにをするんだぁッ!やめろぉ……」
お楽しみさ。そういって男はナイフですーっと皮膚を裂いていく。皮膚組織と皮下脂肪を捉えながら。もっとも、この青年には皮下脂肪がほとんどないのだが。
うーーーーギャァーーーー!アアアアアアアアァ!!!!アァァアアアアァアアーーーー!
ほどなくして、青年は首に青筋をたて、体をよじりながら声帯が発することのできる最大音量で絶叫した。
がっちり固定されているため、体勢を変えてこの苦痛から逃れることは叶わない。
青年の腹筋は異様に収縮し、鍛え上げられたシックスパックがくっきりと浮き出てきた。
左右の腹斜筋も筋肉繊維の筋方向がわかるほどに浮き出ている。縛られた両手をどうにか動かしナイフを取ろうとする。腕を内側に動かそうとする度に大胸筋が大きく盛り上がり、肉体を守ろうと最大のパワーを出している。
ナイフはそのまま下に進み、ヘソのあたりで止まった。
赤黒い血がダラダラと傷口から溢れ出る。動脈を傷つければ大量出血で死の危険があるが、皮膚層には大きな血管はないため死ぬことはない。
相変わらず絶叫を続ける青年ではあったが、男は全く関係なくナイフで皮膚を割いていく。
そのままナイフを左右に進め、逆Tの字の傷ができた。そして男は、青年のヘソの周りの皮膚をつまみ、思いっきり胸の方向にめくり出した!
ニチャニチャ…!!という音を立てて、いとも簡単に青年の皮膚が剥がされていく。
オァァアアアアアー!ガァーーーーーー!!アーーーーーッ!アアアアアア!
青年は野太い声を張り上げ、およそ人の声とは思えないような絶叫をあげる。
結合組織は脆くなっているが、感覚神経にはなんの影響もないため痛みはそのまま伝達される。
皮膚を割かれた痛み、末梢神経がズタズタに切断される痛み、筋肉が外気に触れた刺激が一気に青年に押し寄せる。
「わかったか?この薬の意味が。後悔してももう遅い。」
男はこう呟いた。
青年の体は血にまみれているものの、体の中心部分の皮膚が割かれた箇所からピンク色の細かな繊維がびっちり詰まった組織が見えている。
その組織の所々に、青黒い線が走っている。心拍に合わせ、微妙にビクビクと拍動している。
絶叫を続ける青年の腹筋は、上にかぶさる皮膚と皮下脂肪を失ったことでよりはっきりとシックスパックが露わになる。
絶叫して腹に力が入るたびに、逞しく鍛え上げられた筋肉がぐっと収縮する。
男は露わになった腹筋を右手で鷲掴みし、位置をずらす。青年は腹筋を反射的に収縮させなんとか抗おうとするが、力に勝てるはずもなく腹筋は本来ある位置からずれていった。
青年の体の中心部が露わになる。
ピンク色の腸が芸術的に折りたたまれて格納されているのが見えた。
腸の上部から激しく鼓動する心臓が見えた。
耳を近づけると、元気よくドクンドクンと血液の循環音が聞こえる。
男は鷲掴みにしていた腹筋を元の位置に戻し、大胸筋の上にまだ半分ほど残っている皮膚を剥がし始めた。
青年はもはや失神し、声を上げることすらできなくなっていた。
鍛え上げられた体は小刻みに痙攣している。
発達した大胸筋を眺め終わると、右胸に低周波治療器を装着する。
電源を入れ、スイッチを押す。解剖したカエルの筋肉のように、ビクビクと筋肉が痙攣したように収縮を繰り返す。
左胸の大胸筋を掴んで持ち上げ、引きちぎる。
反射的に筋肉が収縮するが、左右にねじるようにして剥がして行く。
組織の破断が起こり、ぶちぶちと音がしはじめる。
そして、ゴロンと大きな筋肉の塊が男の手の中に収まる。
ズタズタに割かれた胸の筋肉組織。
かろうじて小胸筋など小さな筋肉は残っているが、肋骨の下にはうっすらと肺、心臓が見えた。
フフフフ…青年の変わり果てた姿を見て、男は不敵に笑う。
すぐに、…まだ足りない。そう小さく呟いた。
手に持っていた大胸筋だったモノは、青年の口にねじ込む。
男は青年の露わになったままの腹筋の奥にある胃をめがけて、隙間から縫って手を入れてマッサージするようにおもむろに掴んで揉み始めた。
失神していた男は突如目を見開き、腹筋が激しく波打ったかと思うと嘔吐を始めた。男は、押し込んだモノで青年の口を塞ぎ続ける。
「ウェエエエエエーーーーーッ!ゲェーーーーーーーー〜ーゲェーーーーーーオェェェェええええええ!!」
掴んだ胃が上下に蠕動運動を繰り返し、手の上を覆っている腹筋や周辺の筋肉が胃を締め付ける。
なんとか内容物を出し、楽になるために。…通常はそうなのだが。今は胃がどれだけ内容を出そうとしても、掴んだ手の圧力から解き放たれることはない。
青年は胃液を口の隙間や鼻、目から溢れさせ、呼吸困難に陥っている。
露わになった、懸命に鍛えたであろう大胸筋を引きちぎられ器具でビクビクと動かされ、腹筋をグチャグチャに弄ばされ、嘔吐させられ続ける青年…。
失敗の代償はあまりにも大きかった。
外に解放された肋骨の下に薄く見える青年の心臓は激しくのたうちまわるように拍動し、ドクドクドクドクと叫び続けている。
男は必死に生きようとする青年の心臓に、ナイフで穴を開ける。
ビューーーーービューーーーーッビューーーーーーッ。
激しく血液が吹き出す。
「ああっあああーっ死ぬうーーー!助けてくださいぃぃぃーー!ちんこ触ってもいいですからー!精子あげますからぁー!この腹筋あげますからぁー!胃袋触ってもいいですからぁぁぁああああーーーー!止めてぇーーッ!」
極限まで追い込まれた青年は、走馬灯のように脳裏によぎる言葉を全て発する。そこに男を満足させる回答は当然あるわけがない。
ビューーーーービューーーーーービューーーービューービューーー……ビュッ。ビュッ。
10回ほど元気よく噴出したかと思うとだんだんと弱くなってくる。
そして何回か絞り出すように血を吐き出すと、心臓が痙攣を始め、血が出なくなった。
「…!?ウワァーーー!
青年は飛び起きた。体を見てみたが、傷はなく血も出ていない。
ただしベッドに繋がれて、身体中は拘束されている。
横にいる男は手に注射器をもち、こちらを見て笑っている。
「あと9998回。まだ2回だよ。この幻覚剤はすごいだろう。毎回新鮮な体験ができて幸せだろう。さあお前はもう逃げられない。ここで、社会的に死ぬのさ。」
青年は誰からも報酬をもらえない機密情報を得たのと引き換えに、とてつもないものを失ってしまったのだ。